後悔していること

高校野球の地方大会の結果を日々見ている
子どもの頃、テレビで見る夏の甲子園は、出ている選手みんなが年上のお兄さんで、みんなみんなすごいなぁ、と思っていた
気がついたら、同じ世代になり、追い越した

好きだったバスケットボール
小学校4年から、中学3年まで続けた

怖い先輩もいたし、理不尽な思いもした
同期との間でも、いろんな問題があった

それでも好きだったバスケットボール

どうして父は応援してくれなかったのだろう
がんばれよ、って言ってくれなかったんだろう

どうして、わたしがバスケットボールをやめるといったら、日頃から辞めろと言っていたのに、いきなりそれでいいのかおまえは?なんて、脅したんだろう

どうして先生は、悩みを打ち明けたときに、おまえはいつも親のいいなりだなんて言ったのだろう
どうして、いっしょに考えてくれなかったんだろう

思い返すと、わたしが大好きだったバスケットボールは、わたしがバスケットボールを続けることを誰も応援してくれなかったな。

大好きだったのに、大嫌いになった。
大好きだったのに。

いつも、不安だった。
全然上達していないんじゃないか?
チームにとって邪魔者なんじゃないか?

ひとりだけ、かよがいないとダメだよとはっきり言ってくれた。
同期のキャプテンだった。
ずっと忘れない、ありがとう。

バレーボール部の顧問の先生は、わたしたちバスケットボール部をほめてくれた。

嬉しかった。

いつも不安だった。
バスケットボールをしていて怒られることはあっても、認めてくれる人はいなかったから。

ひとつ上の先輩たちは受け止めてくれた。
大好きだった。
いっしょにがんばろう!って思えた。
少しだけ、不安がなくなった1年だった。

高校の体育で、経験者は?と先生に言われて、名乗り出るのがいやだった。
うまくない、みじめなじぶんを知られたくなかった。

高校は、滑り止めの不本意な学校へ入学した。

すべてどうでも良かったし、苦しみながら勉強もバスケットボールもしたのに、誰もほめてくれなかった。

そして、父の価値観でいうところの勝てもしないチームでバスケットボールをしていたわたしは、その結果くだらない高校に入学した。

どれもこれもわたしにとって悲しい結果で、その結果をうけて生きていくのはわたしなのに、父はゴミを見るような目で、入学後の高校の手続き書類を持ってきたわたしを見た。

父にはそんなつもりはなかったかもしれないけど、くだらないことばかりやって、くだらない結果で、ほんとうにくだらないやつだ。そんな風にせめられているようにわたしは思った。

勝てないチームでバスケットボールをする。
しょうもない高校に入学する。

クズなんだ。
わたしは何もできないんだ。
みんなみんな、何でもなれると思っていた。
そうじゃないんだ。そう思った。

小学生の頃は、何もかもじぶん次第で誰もがなんにだってなれると思っていた。

サッカー部の男の子はみんなJリーガーになれるし、アイドルになりたい女の子はみんななれると思っていた。

中学に入り、親の干渉と圧力は究極にまでたっして、朝寝坊をしたことが父の理解しかねる逆鱗にふれて、中学最後の文化祭は欠席させられた。

母はいつもわたしを助けてくれなかった。

先生はおまえは親のいいなりか?と言った。

悲しかった。

その通りだったから。

それは、母は父のいいなりということとも同じだった。